大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1915号 判決 1960年11月08日

控訴人(債権者) 葛飾商工信用組合

被控訴人(債務者) 中莖利三郎 外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人、被控訴人ら間の東京地方裁判所昭和三三年(ヨ)第二四〇号不動産仮処分申請事件につき、同裁判所が同年一月二十四日にした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は申請の理由として、

「(一)、控訴組合は中小企業等協同組合法に基き金融業を営むものであつて、もと大都信用組合と称したが、昭和三十二年十一月八日葛飾商工信用組合と名称を変更し同月九日その旨の登記を了したものであり、被控訴人利三郎は昭和二十九年十二月十五日から同三十二年十月二十三日まで控訴組合代表理事の職に在つたものである。

(二)、被控訴人利三郎は代表理事在職中

(1)、昭和三十二年三月三十一日栗原一及び西山努の架空人名義をもつて控訴組合から金七百七十二万二千六百四十五円を借受け、

(2)、控訴組合代表者として、義弟にあたる遠藤武、遠藤幸男両名に対し金五十万円を貸付け、

(3)、控訴組合代表者として、露久保忠吾を外務員に雇入れたがその監督を怠つたため同人は控訴組合の金を百六十四万五千三百八十二円擅に費消横領した。

(三)、控訴組合は代表理事被控訴人利三郎の放漫な業務の運営のため経営困難に陥り、利三郎はその責を負つて昭和三十二年十月二十三日代表理事を辞任したが、その後控訴組合は被控訴人利三郎と折衝した結果、昭和三十二年十二月十一日利三郎は当時控訴組合の代表者であつた大滝金作に対し、

(1)、前示借受金七百七十二万二千六百四十五円及びこれに対する昭和三十二年三月三十一日から同年九月一日まで日歩六銭の割合による利息七十五万千百十一円、同月二日から同年十二月四日まで日歩四銭の割合による利息三十万六十円、同月五日から弁済期たる昭和三十三年六月二日まで日歩四銭の割合による利息六十六万七千七百十四円の支払義務あることを認め、

(2)、前示遠藤両名の借受金五十万円及び露久保忠吾の横領金百六十四万五千三百八十二円については被控訴人利三郎において債務引受の上、その支払をする旨承認し、

(3)、右債務合計千百五十八万六千九百十二円中、二百五十万円は被控訴人利三郎の控訴組合に対する定期預金二百五十万円と相殺し、残債務九百八万六千九百十二円を昭和三十三年六月二日までに弁済することとし、弁済期後は日歩八銭の割合の遅延損害金を支払うことを約し、

(4)、右債務の担保のため、被控訴人ら七名共有の別紙第一目録記載の土地、建物につき、他の共有者六名の代理人の資格をも兼ねて、抵当権を設定し、かつ、被控訴人利三郎の単独所有に属する別紙第二目録記載の建物につき抵当権を設定することを約した。

(四)、しかるに、被控訴人らは右抵当権設定登記義務を履行しないのみならず、右各不動産を第三者に譲渡するおそれがあるので、控訴組合は右抵当権設定登記請求権の保全のため右不動産につき処分禁止の仮処分を申請し、これを許容する旨の控訴の趣旨記載の仮処分決定を得たのでその認可を求める。」と述べた。

被控訴代理人は答弁として、「申請理由(一)の事実中被控訴人利三郎が控訴組合主張の期間その代表理事の職にあつたことは否認し、その余の事実は認める。同(二)(三)の事実及び(四)の事実中被控訴人らが本件各不動産を譲渡するおそれがあるということはいずれも否認する。」と述べた。

疎明として、控訴代理人は甲第一号証の一ないし十三、第二号証、第三ないし第九号証の各一、二、第十ないし第十五号証、第十六号証の一ないし五、第十七号証の一、二、第十八号証(第十六号証の五、第十七号証の一、二はいずれも写)を提出し、原審における証人石崎英文、原審(第一、二回)及び当審における証人野瀬発己男の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第三号証の十四及び十五を援用し、被控訴代理人は乙第一、二号証、第三号証の一ないし十五、第四号証を提出し、原審における被控訴人中莖栄三郎、原審及び当審における被控訴人中莖利三郎各本人の供述を援用し、甲第十二、第十三、第十五号証、第十六号証の一、二第十八号証の成立はいずれも不知、第十六号証の三、四は郵便官署の作成部分のみ成立を認め、その余は不知、第十六号証の五、第十七号証の一、二の各原本の存在及び成立は不知、その余の甲号各証の成立はいずれも認める、と述べた。

理由

まず抵当権設定登記請求権を保全するため、目的不動産に対する譲渡等一切の処分を禁止する仮処分が許容されるべきかどうかについて考える。

右仮処分は権利の将来における実現を妨げもしくは不能ならしめるような目的物の現状の変更を防止するためのいわゆる執行保全のための仮処分に属するところ、この種仮処分の内容は権利の将来における実現を確保するに必要な限りで目的物の現状の変更を禁止するといういわば消極的な内容をもつものに限られる反面、必ずしも被保全権利がこれに対応する不作為請求の権能をもつ場合に限り認められるという制約はないと解すべきであつて、抵当権に目的物の処分禁止の権能がないことから直ちに抵当権設定登記請求権保全のために処分禁止の仮処分ができないと解すべきものではない。

およそ自己所有不動産につき抵当権を設定することを約した者は、該不動産につきその旨の登記をする義務あること勿論であり、もし右抵当権設定者が該不動産を第三者に譲渡し、もしくは第三者のために抵当権を設定する等の処分をして、これについて対抗要件を具備せしめるときは、右抵当権設定登記義務は債務者の責に帰すべき事由により履行不能となり、もしくは抵当権の実効を失はしめるものであるから、抵当権設定登記未了の抵当権設定者は、抵当権設定登記義務の効果として少くとも抵当権者に対する関係では該不動産を第三者に譲渡する等抵当権者を害する行為をしない義務を負担するものということができるのである。一方抵当権者は、抵当権設定登記請求訴訟において勝訴しても、その間に目的不動産を第三者に譲渡する等の処分をされ、対抗要件を具備されると、その権利の実現を得られず、その訴訟は徒労に帰する結果となるのであるから、抵当権者のために、抵当権設定者の目的不動産の処分をもつて抵当権者に対抗できない効力をもつ処分禁止の仮処分によつて権利実現の可能性を維持することを認め、他面抵当権設定登記義務を履行していない設定者に右のような処分の制限を課することは、当事者間の利害の均衡から観て不当に抵当権者の保護に偏するとはいえないのであつて、保全の必要以上の保護を与えるものではなく、保全手続上適法な処分というべきである。

次に本件被保全権利について判断する。

控訴組合が中小企業等協同組合法に基き金融業を営む法人であることは当事者間に争がなく、原審における被控訴人利三郎本人の供述によれば、同人は昭和二十九年十二月から同三十二年十月二十三日まで控訴組合の代表理事の職にあつたことを一応認めることができる。

いずれも成立に争ない甲第二号証、同第三ないし第九号証の各一、二、乙第一号証、当審証人野瀬発己男の証言により控訴組合の代理人たる野瀬発己男の作成したものと認められる甲第十五号証の各記載と右野瀬証人の原審(第一回)及び当審における証言(一部)、原審証人石崎英文の証言、被控訴人中莖利三郎の原審及び当審における供述(一部)を綜合すると一応次の事実を認めることができる。

一、被控訴人利三郎が控訴組合の代表理者を辞任した後、控訴組合は同人の在任中に生じた申請理由(二)の(1) ないし(3) の未回収債権につき、利三郎において弁済ないし債務引受をし責任をもつて解決するよう要求し、主として理事野瀬発己男によつて利三郎との間に折衝が続けられたが、その間昭和三十二年十一月中旬頃、被控訴人利三郎において、控訴組合に対し負担すべき債務の額について合意が成立した場合これを担保するために被控訴人ら七名共有の別紙第一目録記載の物件のうち土地について抵当権を設定する趣旨で、その余の被控訴人ら六名の承諾の下に抵当権設定のための委任状及び印鑑証明書(甲第三ないし第九号証の各一、二)を控訴組合に交付しておいたこと。なお、右各土地の権利証(甲第二号証)は、控訴組合の全国信用協同組合連合会に対する債務の担保のため右各土地に抵当権が設定されていた関係から、同連合会がこれを保管していたのであるが、これをその頃控訴組合の理事野瀬発己男において受け取つて来たこと。

二、前記折衝において、被控訴人利三郎は控訴組合の提示した要求に対し、自ら控訴組合にあて約束手形を振出してあつた約三百八十万円余の債務についてはその責任を認めたが、その余の部分については、訴外八木与七郎、露久保忠吾らがその責を負うべきものであるとして容易に承諾しない侭時日を経過したこと。そして、結局同年十二月十一日頃最終的な案として控訴組合主張の申請理由(三)と同内容の案が提示され、被控訴人利三郎はこれに対し強い反対はしなかつたが言を左右にして右提案の書面(甲第十五号証)に署名捺印をせず、その案文を持ち帰つたままそれ以後は控訴組合が交渉を求めても応ぜず、右交渉は、控訴組合の提案にかかる債務の承認及び抵当権の設定について確定的な合意ができない侭断絶の状態となつてしまつたこと。

以上の事実がそれぞれ認められる。そして前示野瀬証人及び被控訴人利三郎の各供述中上記認定に反する部分はその侭信用できないし、原審証人石崎英文の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第十三号証の記載中、同号証記載の契約が成立したことに相違なき旨の記載部分は、右石崎証人の証言によつても必ずしも真実に合致すると認めることはできない。又いずれも成立に争ない甲第二号証(本件不動産のうち第二目録記載の物件中の土地の権利証)及び甲第三ないし第九号証の各一、二(被控訴人らの右土地についての抵当権設定登記の委任状及び印鑑証明書)が控訴組合の手中に存することも、前認定の事情によるものであると認められる以上、このことから直ちに控訴組合主張の頃右土地について抵当権設定の合意が成立したことの十分な疎明となし難い。そうして、他に上記認定を左右するに足る格別の疎明はない。

以上認定の事実によれば、控訴組合主張の抵当権設定の合意の成立について疎明があるといえないのであり、また、保証をもつて疎明に代え仮処分を維持すべきものとも考えられない。

以上説示したとおり、本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないので、その余の点を判断するまでもなくその理由がないものといわねばならない。従つて、原決定を取消し、その申請を却下した原判決は上記判断と理由は異るけれども結局正当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第二項、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 猪俣幸一 安岡満彦)

第一目録

東京都葛飾区砂原町三百四番地

一、宅地 百七十坪、但し、公簿上郡村宅地五畝二十歩

同町三百五番

一、畑 二十三歩

同町三百六番

一、畑 一畝三歩

同町三百七番

一、畑 一畝二十九歩

同町三百八番

一、畑 二畝八歩

同町三百九番

一、畑 一畝二十四歩

同町三百十番

一、畑 一畝八歩

同町三百十一番

一、田 五畝十二歩

同町三百十二番

一、田 一畝二十七歩

同区亀有町一丁目二千二百二十九番

一、田 八畝二十六歩

同町一丁目二千二百三十番

一、田 八畝九歩

同区砂原町三百四番地所在

一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十六坪(家屋番号同町三十六番)

同所同番地所在

一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三十一坪(家屋番号同町三十五番)

附属

一、木造スレート葺平家建工場一棟建坪八坪

一、木造亜鉛葺平家建工場一棟建坪十三坪五合

一、木造亜鉛葺平家建物置一棟建坪十坪

第二目録

東京都葛飾区金町三丁目二千百二十一番地所在

一、木造亜鉛葺平家建住家一棟建坪十三坪(家屋番号同町二百九十九番)

同所同番地所在

一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十七坪(家屋番号同町二千百二十一番)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例